スウェーデンのヨーテボリ空港に深夜降り立った。そこからタクシーで1時間、展覧会を行うノルディスカ・アクバラル美術館に到着。夜警から鍵を渡され、ひとまずレジデンスのベッドに潜り込んだ。翌朝目覚めると、窓の外には氷河で削り取られた岩礁がどこまでも広がっていた。私はこの美術館で、作品が宝になる、というなかなか興味深い体験をする。
私より2日遅れで作品が届く。早速開梱しようとすると、美術館から明日の同時刻まで開けられないと言われる。どうして? そこから輸送物語を聞くことになった。
今回の私の作品総量は4tトラック1台分ほどあり、その内の1点は既に日本の美術館に収蔵されていた襖絵だった。その収蔵作が含まれていたために、コンサバターという美術館の保存・修復の専門スタッフが現地まで作品に付添うことになる(日本では殆ど学芸員が代任)。作品は成田からコンサバターと共に輸送用カーゴに乗りアムステルダムまで12時間一旦空輸。それ以上は作品保護のため飛行機には載せられないのだ。ちなみにカーゴで私の作品の隣はF1車だったそう。そしてトラックでハーグへ陸送。そこから今度は船に積み替え半日かけスカンジナビア半島へ渡り、再び積み替え陸送で美術館に到着。到着してもまだ24時間は環境に慣らすため開梱はできない。翌日ようやく、現地のコンサバター立会いの元に両者で開梱。まだ作品に触れられない。襖1枚1枚をくまなくレンズで傷のチェック。返却時も通過儀礼のように同様の手続きを踏む。
作品の封印が解かれた時、美術館スタッフ全員が歓喜の声を上げる。自然環境から完全に分離され、何重にも外気から守られ、巨大に膨れ上がった棺の中から、マトリョーシカのような脱皮を繰り返して作品が現れる。まるで幼君の出現の瞬間だ。ここまですれば、ただの襖だって宝になるしかない。いやきっと宝かも。いえいえ、その人間の思い込みならぬ物への呪文、「思い籠め」こそが、美や力の幻想をつくってきたということを、私たちは苦い経験で憶えているでしょう。美の魔法は私には無効。襖はただの襖。少なくとも私は襖が美術品などではなく、大切な家の建具だったことを忘れない。
『かかとに棲む狼』2017年4月—2018年 連載 共同通信社より全国配信